新人教育では「たのしさ」を教えています

とある事情により4月から今年度入社の新人システムエンジニアの卵君たちの教育を担当させてもらっています。主にプログラミングなどの技術面を担当しています。教育担当の人から講師の仕事を丸投げされた感じなのでなんともはやな感じなのですが「自由にやっちゃって」とのことだったので自由にやらせてもらうことにしました。

教育資料

教育するための資料は一応用意されているということでそれに目を通してみたのですが…その内容はまったく面白味がないものでした。一般的な意見として、「仕事としてやる教育なんだからお堅いくらいでちょうどいいだろう」という人が多いのでこういう資料になっているんでしょうが、この思想こそが、全ての間違いの始まりだと思っています。

エンジニアは職人だ

さて、システムエンジニアって職業について考えてみることにしましょう。私が思うエンジニアの例を言うならば「職人」です。こだわり抜いた巧みの技で、人に何を言われようと己が認める究極の美を求め続ける存在。そんなものだと思うんですね。高度な知識でよくカスタマイズされメンテナンスされたツール・言語を自在にあやつり想像を形にしていく、そんな人たちです。

ところが、用意された資料はどう見てもおせじにもそういう人たち向けのものとは思えない代物です。ここでいうところのPG向けの教育資料なのですよ。残念ながら今勤めているところはこんな感じの研修に、まかり間違えて新人を丸投げしてしまうかもしれないところなので…。

仕事とはなにか

会社で適当な社員の人に「仕事ってなんですかね?」と聞いてみました。

ふも「私たちの仕事ってなんですかね?」
社員「お客さんの言う通りできるかじゃない?」
ふも「言う通り…といいますと?」
社員「お客さんが望む通りに動けるかどうか」
ふも「うーん、それって悪い言い方をすると、いいなりってことですか?」
社員「まぁ、ある意味そうだね。お客さんの言うことをそのまま実行してあげるのが仕事でしょ」
ふも「でもお客様自身も自分の望んでいることがわからなかったりすることがあるじゃないですか、そういった場合我々のような技術の人間が具体的な例をお客様の言葉に翻訳しながら話してあげて、本当の欲求を見つけて、それを解決するシステムを構築してあげるのが我々の仕事だと思うんですけど」
社員「いや、お客さんが本当はどう望んでるとかそんなのはどうでもいいでしょ。むしろ利用しなきゃ。たとえばお客さんが最初にAと言ったとするよね、んで、うちらは言われた通りを作ってあげる、そこでお金が発生する。その後お客さんが気付いて本当に欲しかったのはBだと言ったとしたら、さらに仕様変更でお金取れるじゃん」
ふも「それってプチ詐欺師じゃないですか?」
社員「仕事ってのはそういうもんでしょ」

日本のIT業界終わったな。

たのしさとはなにか

プログラミングは本来楽しいものです。なぜならプログラミングとは創造だからです。何も形のないところから新しい何かを生み出す作業、それがプログラミングです。たとえそれが仕事という形であったとしても、本来楽しいものであるはずのプログラミングなのですから、楽しくないとおかしいわけです。

たのしさを知らなければ仕事は苦痛

ところが、終わった人たちの言う仕事とやらは苦痛でしか無いでしょう。なぜならそこに創造はないに等しいからです。想いはつぶされ、モチベーションも奪われ続けていくでしょう。

たのしさを教えよう

そんなわけで、教育資料で用意されていた課題は大きく仕様変更を施して、新人君達が楽しめるような内容にしながら教育を進めているところです。具体的には答えがたくさんある問題を出題して、各自の多様性を引き出すようにし
たり、仕事と関係のない身近なテーマの例題を解かせたりといった感じです。また新人同士で頻繁に会話をさせ、相談させてみんなで考えるようにさせています。人の考え方に触れることでしか自分の考え方というのは見えないからです。

こんなやり方をしていると決まって必ず、「それ、実業務に役立つの?」という質問をしてくる人がいます。
そんな質問には私はこう答えることにしています。

「私が教えているのは、実業務のやり方ではありません。
 私の教えているのは実業務の“楽しみ方”です。
 教育の課題が実業務へと形を変えたとしても、“楽しみ方”を知っている人間は
 難なく仕事を楽しんでしまえるんですよ」

と。